「シーズ」を開拓しビジネスで勝つ

なぜ、日本の工業界はイノベーションを起こせなくなったのか。

日本の産業競争力の低下が叫ばれています。その要因として「経営にスピード感がない」「技術で勝ってビジネスに負けている」等があげられます。特許を取ってもヒット商品に繋がるのは千に三つとも言われ、技術開発がビジネスに活かされていないのが現状です。「スマホなど日本の部品がなければ何もできない」と強がっても、部品を売るのと最終商品を独自ブランドで売るのとでは、ビジネス付加価値は級数的に違ってきます。なぜこうなるのでしょうか?
答えはシーズを市場化する手法が確立されていないことに起因するのではないでしょうか。シーズは仕様など数値で表され、目標がクリアになるのに対し、二ーズや市場、人々の生活や価値意識などソフトウェアの部分は評価し難いためです。知らず知らずのうちに判断を先送りし、リスクの高い開発を避けるため、既製品の改善を優先してしまいます。しかし、多くの経営者は現状の延長線上では成長はおろか、維持すらできないという危機感を持っているはずです。

真に求められる製品をデザイン

ニーズ型開発とシーズ型開発

一般に、技術開発はシーズ開発を意味し、デザインはニーズ開発が主眼となります。シーズ開発は通常、試作をもとに試行錯誤を繰り返しながら開発してゆきます。この間に要する人員、資金、期間などのコストは大きく、ユーザー像、販売先等市場が不確定な場合、経営リスクは大変高くなります。また、遊休設備の利用など自社都合で開発すると、選択バイアス(※1)に陥る危険があります。これに対しデザイン開発はニーズ(市場)やユーザーの対象を明確にすることにより、現実的で開発にかける経営資源も小さくなります。
ただ、シーズ型は成功すると、社会や生活を根底から変革するような大きなインパクトがあるのに対し、ニーズ型はニーズそのものが現状の市場の延長線上にあるため、市場へのインパクトは小さくなる傾向があります。また、ニーズ先行開発にもリスクはあります。得意分野を伸ばして一見、堅実なように見えますが、開発しすぎると機能過剰になり市場がついて来れなくなったり、価格が受け入れられなくなる、いわゆるイノベーションのジレンマ(※2)に陥ります(図1)。また、一つの事業や企業のライフサイクルは30年と言われ、ニーズ開発のみでは成長性を確保することは困難と言えます。

 

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結局、ニーズ先行開発、シーズ先行開発のどちらか一方に注力すればいいというものでなく、商品の将来ビジョンを掲げ、両者を計画的に実施することにより投資効果を高め、企業の生存領域を広げていくことになります。ビジネスデザイナーの濱口秀司氏は、ニーズ型開発の関係をフレームワークに表現しています(図2)。
 
 

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ニーズ型は事業化再現性を、シーズ型は社会・生活変革度を高められるとビジネス機会が広がると想像できます。これを実現するため、私たちは新たにシーズ型デザインプロセスを提案します(図3)。シーズ開発の事業化再現性を高めるため、逸早く仮説推論モデル(※3)を作ること、そして、サービス開発により、製品が提供する利便性、快適性、創造性等ソフトウェアとしての価値を生み出すことを提案しています。
シーズ型が市場化しにくい要因として「誰がユーザーか?」「どこで売でば良いのか?」「値付けが分からない」等がありそうです。こうした声に対し、仮説推論モデルは解決の糸口を提供してくれます。
①これまで分かりにくかったことが、見える化により形として捉えられ安心観がある。
②モデル化することにより、販売先、想定ユーザーなど関係者の評価が得られる。これにより、サービス開発のあり方、販売チャネル、価格など新たなイメージが見えてくる。
③商品開発の次の課題、改善点、新しい解決方法等が見えて来る。

 

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※1 選択バイアス:第二次大戦中、銃弾を浴びながらも戻ってきた戦闘機には弾痕の箇所に共通点があった。空軍関係者は撃たれたところを補強しようと言ったが、生産工学の専門家は撃たれていないところが補強のポイントであるとした。撃たれたところはそれでも大丈夫なので帰って来れた訳である。設備、技術などの都合で開発を進めると市場性にかけ離れた方向に向うリスクがある。
※2 イノベーションのジレンマ:一つの事業のライフサイクルは概ね30年と言われる。企業の成長性を持続するためには継続的にイノベーションを起こさなければならない。ただ、現状の商品の改善を繰り返してゆくといずれは機能、品質が過剰になり、市場との乖離が生ずるリスクがある。
※3 仮説推論:ある課題に対し現在の知見や技術の延長線上で解決が困難な場合、いつ解決するという在るべき目標モデルを設定し、現在からその未来までの開発プロセスを埋めてゆく。バックキャスティングとも呼ばれる手法であり地球温暖化など環境問題への対応にも適用されている。

シーズ型開発×サービス開発=独自ブランド

サービス開発でソフト価値を生み出す

仮説推論モデルで課題を発見した後、市場性を高めるためにサービス開発を行います。これはインダストリアル・デザインの重要な役割ですが、意外に見過ごされています。ここに注力するとハードとソフトが調和し、シーズはニーズを生み出します(図4)。
 
 
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サービス開発について、補聴耳カバー「私のミミ」の実例を紹介しますと、当初の試作品は補聴効果が安定せず、個人差がありました。そこで、テレビ視聴に焦点を当て、導入時、取扱説明書にて裸耳と「私のミミ」装用時の聴こえの違いを音量数値で認識してもらうようにしました。また、高齢者を対象とした感性調査(純音聴力および、語音弁別検査)を実施しました。使い始めと一ヶ月継続使用後の聴力を比較した結果、純音聴力に変化は見られませんでしたが、語音弁別力に劇的な改善が認められました(語音弁別力検査結果)。私のミミを装用し聴く意識が高まり、訓練効果もあり聴き取り正解率が上がったものとみられます。適用条件を絞り、使用経過のモニタリングによりサービス価値を発見し市場化への道を拓きました。